2020年6月29日からTwitterに執筆しました【未来記】に加筆修正を加えましたので、お手すきの際にお目通しいただければ幸いに存じます。
~メンズエステの歴史 第九章【未来記】~前編
2060年4月
春爛漫の季節を迎え、皆様には益々ご清福にお過ごしのこととお察しいたします。
早いもので、大学生になり2年と半期が過ぎました。
春学期が始まる前に桜は散り、5月の卒業式とサマースクールを過ごせば、私も4年次となるのでございます。
この季節になると曾祖父は、同じことを何度も教えてくれるのです。
「昔は桜の季節に入学式でございました。真新しい学生服と着飾った両親が子どもと手をつなぎ、桜の木の下で記念撮影をしたものでございます。温暖化が進み、桜は3月に満開となってしまいましたが……」
いつもの話に私は「へー」と、一言返すだけでございました。
その言葉が聞こえていたかわかりませんが、曾祖父は懐かしむように話を続けておりました。
現在、日本の人口は約2億4000万人、人間人口は約8000万。
曾祖父や祖父のような元気な高齢者が多く、人間人口の27%、4人に1人が75歳以上の高齢者となっています。
いわゆる「団塊ジュニア」(1971年〜1974年に生まれ)が75歳以上となったことと、結婚制度を疑問視する若者の増加により、生まれてくる子の減少が原因だと思われます。
しかし世界の人口となると、すでに100億人を超えており、日本の人間人口減に出口は見えませんが、アジア圏やアフリカ大陸の人間人口と、各国のヒューマノイド人口の増加は続いておりました。
2020年に政府が掲げたムーンショット目標によりAI事業が発展。「都会はロボットばかりで窮屈だ」と嘆く高齢者が多くなり、我が家のように農村地へ移る人間が増えたのでございます。
もちろん農村地にもヒューマノイドは存在し、農作業の他、駅やデパートでの案内係、製造業や運送業、高所作業や採掘作業など危険を伴う業務や、数十年前から問題視されている高齢者の介護にも従事しています。
AIにも発達の差はあり、高性能のヒューマノイドは医学界や法曹界、警察、消防、救命救急の仕事に就くこともありました。
当然、ヒューマノイドにも人権はあり、人間がヒューマノイドに暴力をふるい、ヒューマノイドの裁判官に裁かれたことも過去、数件ございました。
日に焼けた曾祖父は、クワを片手に毎日畑を耕しておりますが、101歳という年齢にも関わらず、真っ直ぐに伸びた腰と、シワのない顔に若々しさを感じさせます。
「旅が好きだからでございましょう」と曾祖父は謙遜しますが、介護システムが不要なのは家族としてとても助かっています。
それに比べて私たち学生は、長時間ブラウザの前に座ってバーチャルシミュレーションをしたり、移動中はカード型スマートフォンを肌身離さず使うため首を傾けたり、全体的に不自然な前屈みの姿勢になっていることが多く、この姿勢のダメージを補うために首の筋肉が発達してしまいました。
さらにプログラミングの際、ブラウザに表示される様々な言語を読み解くため、目は大きくなり、ウイルス飛沫防止のため最小限に抑えられた会話の中には喜怒哀楽は少なく、若者のその大きな目はどんどんつり上がっていきました。
「現代の若者は数年後、ショートグレイになってしまう」と旧型宇宙人に例える国会議員も現れるほどでございます。
失言の多いこの国会議員は脳内にチップを入れておらず、「そんな物は人間として云々……」と、太古に存在したサムライを例に挙げ、「侍にチップは不要」と、少ない髪の毛と大きなお腹を揺らしながら拒否していました。
40年前、衆議院は465人・参議院は248人と、とんでもない数の議員がいたようですが、現在はその1/10。
官僚や秘書の中に有能なヒューマノイドがおり、膨大な情報と最善策を伝えますが、メモリーチップを装備していない議員はもの忘れが激しく、それを誤魔化すために意味不明な失言を繰り返していました。
そのたびサイバーデモが起こり、古くから存在する国会議員の風習と、まとまりのない政府は常に批判され、チップを装備していない議員の退陣運動と共に、民間人のチップ装着率は年々増加するのであります。
私の家族は全員、脳内にメモリーチップを装着しており、すでに義務化されている手へのマイクロチップインプラントと同様、脳内チップの義務化を期待していました。
昨今のメモリーチップの普及により認知症数は減りましたが、肉体の衰えを補う施策は発展途上であり、パワードスーツの不自然さや「動かされてる感」は高齢者たちに不評でございました。
実際、熱中症により気を失ったまま重作業を続ける高齢の労働者もおり、「孫のために少し頑張りすぎた」と話していたニュース映像が、とても印象的でございました。
現代の若者の姿勢の悪さを指摘する声も多く、肉体年齢は高齢者と変わらない、と社会的に問題視されております。
肩コリからくる頭痛や目まい、吐き気、集中力低下、倦怠感、腕や手のしびれに悩まされる友人も多いのですが、整体院やマッサージ店、メンズエステ店へ足を運んでは、またブラウザに張りつく生活を繰り返しております。
AIをさらに成長させるため、打ち込みまくるプログラミング言語を眺めてますと無性にメンズエステへ行きたくなります。
「あのお店は良かったぞ」
「あのセラピストはオレのこと何でもわかってる」そんな人間らしい言葉が、教室内では密かに飛び交ってるのでございます。
私事でございますが、数年前まで、メンズエステ店の予約時はスカウターを装着し、そこに映るサイトからセラピスト様を選んでおりました。
目の動きでページを移動させるため、非常に疲れましたし、以前担当されたセラピスト様が、どんな顔でどんなスタイルでどんな施術をしたか、記憶から消えてしまうことがしばしばでございました。
それがメモリーチップの装着により、過去のデータを容易に思い出すことができるのでございます。
さすがに、感情まで記憶させてしまうと自己満足感が継続し、また行きたいと思わなかったり、チップのハッキングにより私自身の満足感を盗まれたりしますので、施術中はメモリーチップをダウンさせております。
この他、メモリーチップから自動的にお店への予約も可能になりました。
脳内で本日の出勤情報を映し出し、可能な場所と時間を選ぶことができます。
こちらが希望した時間に都合がつかない場合は、お店側から脳内に直接アクセスされ、再度、時間の提案をされます。
このBMI(ブレインマシンインターフェイス)は無言のままやり取りできますので、授業中でも予約ができるのでございます。
授業中、無言になっている友人を見つけると「どこかのお店にアクセスしてる」と勘ぐり、その友人の脳内にアクセスすると「ジャマするな」と遮断されてしまうこともありました。
数日後、ビールを飲みながらその友人が「最高の新店を見つけた」と嬉しそうに教えてくれるのですが、そういう面白い話の時は、飛沫拡散など気にせず互いに大きな声で話すのでございます。
我々は人間だと再確認する瞬間でもあるのでございます。
そのメンズエステはヒューマノイドが開発した海上都市「グリーン・フロート」にありました。
各島の中央にそびえ立つタワーは、上空から見るとまるでタンポポのようですが、近づいてみると、その大きさに圧倒されるのでございます。
タワーの高さは1km、花のように開いた上部の直径も1km。人工島の大きさも直径3kmと、とても巨大なのでございます。
20世紀に栄えた巨大都市の多くは温暖化と異常気象による水没で大きなダメージを受け、それを予見した各国政府は世界中の建設会社や国営企業などとの共同出資で「海上都市公社」を設立し、世界各地でグリーン・フロートの建設を始めたのでございます。
このような場所にありながら「料金は格安なのだ」と興奮していた友人が頭をよぎりました。
私の中で格安メンズエステといえば、2年ほど前に閉鎖した「エデンの園」を思い出します。
エデンの園は、無料で施術を受けられる完全個室のメンズエステとしてその名を広めました。
こちらの店舗運営はメディア配信サービス「ヤハウェ」によるもので、月額500円を支払うと視聴が可能であると同時に、エデンの園での施術を無料で受けられるサービスもついておりました。
店舗にはいくつもカメラが設置されており、施術の映像がライブ配信されるというものでございます。
施術を受ける男性の顔や身体は公開されますが、無料ということが魅力なのでございます。
そして視聴者は、覗き感覚で一部始終を眺めるのでございます。
会員数は60万人を超え、売上の増加と共に、高額報酬を期待したセラピスト様が全国から集まり、1つの潮流を作ったのでございます。
残念ながら、職業安定法違反(有害業務募集)の疑いの可能性があると警告を受けたところで、すぐに閉鎖し、その後、このグループの消息は不明となっております。
メンズエステ界最高峰のセラピスト様が多数在籍していましたので、私たちメンエスファンは今でも憶えているのでございます。
目の前にあるグリーン・フロートに期待してしまうのは言うまでもありません。
ここ数年、AIは次々と技術革新を起こしています。
友人が連呼していました「新感覚!」という言葉を思い出し、入口に手をかざすと、脳内チップに「いらっしゃいませ」とアクセスしてくる女性が現れました。
マンション後方から天空に伸びる宇宙エレベーターに目をやりながら内部に入りますと、広いエントランスには電子ペーパーによる絵画がいくつも並べられ、中央には15世紀に描かれたレオナル・ド・ダヴィンチの「最後の晩餐」が置かれていました。
ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれていた縦420cm、横910cmの巨大な壁画は、そのままグリーン・フロートに運ばれたのでしょうか?
古い素材の壁はところどころが剥がれ、中央のイエス・キリストが悲しい瞳で私を見つめていました。
脳内に直接案内を受け、ガラス扉の前に立つと、報道などで注目されていたエレベーター「MULTI60」が迎えに来てくれました。
各部屋まで直接運んでくれるエレベーターは、初体験でございます。
エレベーター内には1人用のソファが置いてあり、座ると同時にガラス扉が閉まります。
乗り込んだお客様の情報は、クラウドを介して受け取ったAIが、他のエレベーターの状況を把握し最適ルートをユニットに送信しつつ、上下左右に移動する仕組みのようでございます。
透明と思われたエレベーター内部は、有機ELディスプレイが全面に設置されていて、ルームまでの数秒間、頭の上から足元まで視界の全てにメンズエステ店のプロモーションが流れるのでございます。行先に合わせて表示される仕組みのようで、666号室への到着はあっという間でございました。
扉に手をかざして中に入ると、口座から料金が引き落とされ、お出迎えしてくれたセラピスト様から「ありがとうございます」と伝えられました。
そのセラピスト様は身体が少し透けていて、差し出す手からは、温かさと湿気を同時に感じられるのでございます。
タオルがかけられたマットを横目に椅子に座ると、セラピスト様が「メモリーチップをダウンさせますか?」と聞いてくるのでございます。
「もちろんです」と答えると、ホログラムでもなくBAEとも違うその透けた口元から、笑みがこぼれるのでございました。
数十年前から存在するホログラムとは、反射した光によって生まれる立体表現のことでございます。
デバイスを使用せずに、遠くにいる人物などが突如空間に出現いたします。
昔からよく目にする技術でしたが、そもそも投影する素材の画質が粗ければ、陳腐なものになってしまうという問題点がございました。
数年後、BAEという「擬似ホログラム」が開発され、3D空間に2Dの高画質CGを投影することで、限りなく3Dに近い世界を表現したものがございました。
しかしBAEでは、映し出されたモノの体温を感じることはもちろん、触れることすらできないのでございます。
シャワーを浴びてうつ伏せになりますと、セラピスト様の柔らかい手の平から圧がかかってきます。
タオル越しからでもわかるしっかりした圧と、脚に触れるセラピスト様の太もも。
低価格の料金と、この透明感に疑問を抱いてましたところ、セラピスト様がそっと説明してくれました。
「こちらのお店は大気中に細かな水蒸気を飛ばして霧をつくり、その霧をスクリーンとして利用するフォグディスプレイと呼ばれる技術を使用しています。
電磁波によりその霧を人型に変形させた後、プロジェクションマッピングを投影することで、お客様の理想のセラピストとしてお逢いすることができるのです。
霧の粒子の量や大きさの調整と、安定を保つ技術には飛行機の推進力、気流の制御や活用などに関するテクノロジーが応用されまして、ミストの量や粒子の大きさを調整すれば、映像の透過度を変えることも可能です。
ミストは超微細な粒子で、触ると微風のような感触です。
身体や服が濡れることはありません。
湿気の多い日本は世界の各地より濃さが売りですので、触れている感覚は現実と変わらないところまで引き上げることができたのです。
カエル脚に体勢を変えながら、セラピスト様は続けてくれました。
「ご来店頂きました方、全員との会話や施術内容、どの部分が気持ちいいのかというデータが多ければ多いほど、お客様の平均値が取得できます。
そこに個々のデータを加えることで、理想のセラピストに近づけるのです。
私たちセラピストはデータに基づいて映し出されるだけですので、お腹も空きませんし、メンテナンスもさほど必要ありません。
低価格でご提供できるのは、人間でもヒューマノイドでもないからです」
大量のオイルを塗布し、臀部から手を入れて腕まで伸ばすとスルリと戻す。
そしてまた手から腕まで入れて、ゆっくり戻す。
戻しながらセンシティブな部分をかすめる技術や、この後に続く四つ足スタイルも、データから算出されたものなのでしょう。
「私たちは電磁波の振動で造られただけの濃霧なので、強烈な衝撃を与えますと一瞬で消えますよ」
楽しそうに話すその声は、室内に設置されているスピーカーから聞こえることに気づきました。
脳内チップをダウンさせることで見えるアナログな部分に、少しホッとするのでございます。
「電磁波の装置もここに?」
そう聞くとセラピスト様は続けました。
「いえいえ、電磁波は地上で観測されるオーロラを使い、地球近辺の宇宙で発生する電磁波コーラスと、高エネルギー電子が共鳴することで生じる波動粒子相互作用を独自に取り入れたのです。
コーラス波動と電子が引き起こす波動粒子相互作用という物理現象は、人工衛星に搭載される電子回路の故障や、宇宙飛行士の被ばくなどを引き起こす有害な放射線を発生させていましたが、弊社ヤハウェはその放射線を遮り、電磁波をコントロールすることに成功したのです」
蒸しタオルで背中のオイルを丁寧に拭き取り、仰向けになるよう伝えられました。
セラピスト様は相変わらず透けていますが、間接照明の中での違和感は無く、完全に人間の表情でございます。
まるで、エントランスで観た最後の晩餐の、マリヤ・マグダレナのようでございました。
不覚にもセンシティブな部分を膨らませてしまった私は苦笑いを浮かべますが、セラピスト様は優しく微笑んでくれるのでございます。
「気になさらないでください。メンズエステは紀元前から続く人類最高の癒しであり、オイル塗布することは聖なる行為なのです」
以前、曾祖父から聞いたことがございました。
キリストはヘブライ語の「マーシーアハ」に由来する「メシア」をギリシャ語に訳したものになり、その「メシア」の意味は「油を注がれた者 the Anointed」であると。
イエス・キリストの時代には、王、祭司、預言者に「神の祝福」として香油やオリーブオイルなどを塗る習慣があったようです。
キリスト教やユダヤ教では「油」が「聖なるもの」として関連しているのでございます。
「油を注がれた者 the anointed」という言葉のanoint という動詞は「聖別する」と訳されます。
意味としては「油を塗ることで聖なるものとする」になるようでございます。
こういった油は司祭などを聖別するために使われるだけでなく、病人にも使われていました。
これを「病者の塗油 anointing of the sick」といってカトリックの重要な儀式のひとつになっています。古い表現だとunction。
これは当時、病気の原因と考えられていた悪霊を追い払う効果を、香油などが持つと信じられていたことに由来している、と。
完全個室の空間で、無言が2人を包み込みました。
何か快いものに吸い込まれていくような恍惚とした気持ちに、顔を紅潮させながらゆがめ、獣が癒されてるような声を漏らしてしまいました。
皮膚が薄桃色に変わり、毛穴から淫らな汗が滲み出てくると、頭の中は何も残らない空間と化すのでございます。
「曾祖父様に宜しくお伝えくださいませ」
透明感溢れるセラピスト様に見送られ、エントランスに戻りました。宇宙服に身を包んだ数人とすれ違い、最後の晩餐を再び眺め外へ出ました。
月での観光案内や火星で作業をする人たちにとって、地球の重力は格別なのでしょう。
しっかりした施術を受けたい気持ちは、わかる気がいたします。
友人から伝えられていた新感覚を味わえたことや、曾祖父がメンズエステ界でダイヤモンド愛川と呼ばれていたこと、生物の起源や細胞分裂は、水と宇宙からの電磁波なのではないかなど。
宇宙エレベーターがそびえ立つ海上都市で、興味をそそるものをたくさん得られた1日でございました。
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